香港で大規模なデモ 中国内では徹底の報道規制

更新日:2017年07月17日
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民主化

中国で民主化を訴え、中国政府を批判したとして有罪・投獄となり、服役中にノーベル平和賞を受賞するも7月13日に肝臓がんで亡くなった劉暁波(リウ・シャオポー)氏の追悼デモが、数千人の香港市民により7月15日におこなわれました。そして、中国本土での劉氏の扱いにも注目が集まっています。

中国本土では、微博(ウェイボー)などのSNSで劉氏に関する投稿がおこなわれると、すぐさま削除され、「R.I.P.(安らかに眠れ)」という表現や、追悼を意味するロウソクの絵文字が使われるコメントも削除されるようです。中国最大の検索エンジン「百度(バイドゥ)」のニュース検索でも、劉暁波の名前をサーチしても、関連情報や訃報は検索結果に表示されないのだとか。このように中国本土では劉氏の死去を殆ど報道しておらず、中国国営メディア新華社通信では英語版サイトで「国家権力の転覆をはかり有罪となった劉暁波氏が死去した」と短い声明のみを掲載しています。中国国民は言論統制によって劉氏の存在自体を全く知らない人も多いのだとか。

一方、香港では、参加者が黙祷をし、ロウソクに火を灯して死を悼むとともに、中国当局の監視下にいる劉氏の妻の劉霞さんを解放するよう呼びかけながら中国政府の出先機関まで行進をおこないました。同日、ニューヨークでも劉氏の追悼集会がおこなわれたり、アメリカのホワイトハウスの声明ではドナルド・トランプ大統領が劉氏を「民主主義と自由の追求に人生を捧げた」、「勇気ある活動家」と呼び功績をたたえました。

劉暁波とは、1989年の六四天安門事件では軍との交渉役など中心的な役割を担い、民主化運動をおこなったとして「反革命罪」で投獄された人物。釈放後も民主化運動を続け、計4回投獄されており、2010年2月には「国家政権転覆扇動罪」として懲役11年となりましたが、海外では高い評価を受け、2010年10月には「中国における基本的人権のために長年、非暴力的な闘いをしてきた」という理由でノーベル平和賞を受賞。しかし、中国により授賞式への参加は認められず、刑務所生活を続け、2017年5月末に末期の肝臓がんと診断され、家族らが仮出所を申請し認められ病院で治療がおこなわれていましたが、2017年7月13日、61歳で死去しました。